東京地方裁判所 昭和41年(むのイ)269号 決定 1966年6月07日
主文
横浜地方裁判所が昭和三十七年六月十四日麻薬取締法違反被告事件についてなした刑の執行猶予の言渡はこれを取り消す。
理由
本件請求の要旨は、
被請求人は、昭和三十七年六月十四日横浜地方裁判所において麻薬取締法違反罪により懲役一年六月、四年間刑の執行猶予および保護観察の言渡を受け、この判決は同年六月二十九日確定したが、帰住先愛媛県新居浜市管轄の松山保護観察所において法定遵守事項を指示され、その遵守を誓約しながら、自己が幼少時右腕を肩から切断した身体障害者であることから困難を克服して就職しようとする意欲を持たず、就職治療のためと称して大阪東京に出掛け定職に就かず転々したうえ昭和三十九年三月一日頃から東京都新宿区新宿四丁目六十三番地簡易旅館第一厚生館に転住し同年五月四日から東京保護観察所の観察を受けることとなったところ
(一) あらかじめ旅行の届をなさないで昭和三十九年七月二十四日頃から同年九月二日頃まで関西方面に旅行し、同年九月三日頃から無断で前記第一厚生館から転居したまま所在不明となり
(二) 昭和四十年九月三十日小野哲夫、小野信数と共謀のうえ同都千代田区丸の内二丁目六番地安藤建設丸の内出張所において同所長渡辺政治に対し軍手を押し売りしようとして同人を困惑畏怖させその売却代金名下に金品を喝取しようとしてその目的を遂げなかった非行をなした
もので、右は、転居および長期の旅行についてあらかじめ保護観察所長に届け出ること、善行を保持することの遵守事項に違反し、その情重きときに該当するから、前記執行猶予の言渡の取消を求める
というのである。
よって審按すると、検察事務官作成の被請求人に対する昭和三十七年六月十四日付横浜地方裁判所の判決謄本および前科調書、保護観察官の被請求人に対する質問調書、検察事務官作成の保護司宮本一、同神子富久蔵の各保護観察成績書抄本、口頭弁論における被請求人の供述を綜合すれば、被請求人は
(一) 昭和三十七年六月十四日横浜地方裁判所において麻薬取締法違反罪により懲役一年六月、四年間刑の執行猶予および保護観察の言渡を受け、右判決は同年六月二十九日確定したこと。
(二) 右判決宣告に際し裁判官から郷里に帰り兄等の指導を受けて生活することとし、京浜、京阪神地方には出て行かないようすること等特に説示を受け帰郷し同年同月二十七日松山保護観察所に出頭して保護観察の説示を受け、善行を保持すること、住居を転じ、又は一ヶ月以上の旅行をするときは、あらかじめ保護観察所の長に届け出ることとの執行猶予者保護観察法第五条に掲げる遵守事項の遵守を誓約し、保護司宮本一の指導監督を受けることとなったこと。
(三) ところが、昭和三十七年九月六日頃宮本保護司に事前の連絡なく大阪に赴き十数日滞在し、また昭和三十八年七月二十二日頃、麻薬後遺症による関節等の痛みの加療のため上京すると同保護司に告げて出発しながら一ヶ月余にわたり大阪市西成区の旅館に滞在し、東京都内の予定寄宿先に赴かない等のことから、同年十月二十九日主任保護観察官から旅行の際の事前届出の励行を注意されたのに翌三十九年一月十二日右保護司に無断で上京し、東京都新宿区新宿四丁目六十三番地簡易旅館第一厚生館に止宿してゴム紐、歯ブラシ等の行商をしていたこと。
(四) 昭和三十九年三月中旬頃帰宅し、右第一厚生館の旅館手伝をすると称して転住届をなして同月末上京し、同年五月東京保護観察所に事件が移送された後同年六月十八日頃新たに担当となった神子富久蔵保護司に対し東京都中央区京橋八重州口所在経済探訪社に勤務していると称しながらその間も引続き日用雑貨品の行商を続けていたこと。
(五) 同年七月二十四日頃神子保護司に無断で関西方面に行商に赴き同年九月二日頃前記第一厚生館に戻り、その際神子保護司からの無届旅行をしないようにとの伝言を受けたのに、一泊したのみで翌九月三日頃から大阪市に赴き以来神子保護司との連絡を断ち、時折り肩書住居地に帰るほかは大阪東京等を転々して前記行商をなしていたこと
を認めることができる。そして渡辺政治の検察官に対する供述調書謄本、被請求人の司法警察員に対する供述調書謄本、被請求人の保護観察官に対する質問調書、小野哲夫、小野信義の各司法警察員に対する供述調書謄本、被請求人に対する昭和四十一年五月六日付東京地方裁判所の判決謄本を綜合すれば、被請求人は
(六) 昭和四十年九月二十五日頃肩書住居地から上京したが、同郷の小野哲夫、小野信数と共謀のうえ同月三十日東京都千代田区丸の内二丁目六番地安藤建設丸の内出張所において同所長渡辺政治に対し軍手を押し売りしようとして同人を困惑畏怖させ、その売却代金名下に金品を喝取しようとしたがその目的を遂げなかった非行をなし、右事実により昭和四十一年五月六日東京地方裁判所において恐喝未遂罪により懲役十月に処せられたこと
を認めることができ、さらに被請求人の口頭弁論期日における供述、被請求人に対する指紋票、前科調書によれば、
(七) 被請求人は、昭和二十八年七月以降五回にわたり恐喝被疑事件により検挙され、昭和二十八年八月四日東京家庭裁判所において恐喝の非行につき保護観察に付せられ、昭和二十九年七月六日東京地方裁判所において暴力行為等処罰に関する法律違反(脅迫)罪により懲役十月、二年間刑執行猶予の判決を受け、昭和三十一年六月六日大阪地方裁判所において恐喝同未遂罪により懲役一年、三年間刑執行猶予、保護観察付の判決を受け、そのいずれもが押し売り類似の犯行によるものであること
を認めることができる。
被請求人の右(五)、(六)の行状を、前記(一)ないし(四)、(七)の事実と併せ考えると、右(五)の行状は、執行猶予者保護観察法第五条第二号所定の「住居を移転し、又は一箇月以上の旅行をするときは、あらかじめ、保護観察所の長に届け出ること」とする遵守事項に故意に違反し、しかもそれが従前から非行ないし犯罪の原因となった押し売り等に転化しがちなゴム紐、歯ブラシ等日用雑貨品等の行商に従事するためになされていること、換言すれば、右違反が被請求人が非行に陥るおそれのある不安定不健全な生活態度から招来されていることに照し、その情状重きときに該当すると認められ、また、右(六)の行状は、同法第五条第一号所定の「善行を保持すること」とする遵守事項に違反し、その情状重きときに該当することは明らかであるから、刑法第二十六条の二第二号に従い、前記(一)掲記の判決の刑の執行猶予の言渡を取り消し、強く被請求人の反省と自覚を促し、自助の責任を涵養し将来の更生を図らせるのを相当と認め、主文のとおり決定する。
(裁判官 千葉和郎)